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好日奥武蔵 (奥武蔵の山人)

実践記 ウォーキング、トレッキング ノ ススメ...稚拙な好奇心...時折下手な工作

場繋ぎ 夕焼け 阿須グラウンド 2018-02-23  

場繋ぎ 夕焼け 阿須グラウンド 2018-02-23

219 阿須グラウンド 2月23日 17:36
☆IMGP4219

日が沈んだ阿須グラウンド 珍しい色に焼けた西の空を見ています。

太陽と地球と大気が織り成す鮮やかな夕景・・・

なぜ お空がこんな不思議な色になるの・・・

山猿は一生懸命考えます。

218
☆IMGP4218

先ず太陽が東から昇り西に沈むのは地球が自転しているからです。

夕方、太陽が西の向こうに隠れて見えなくなっても、西の上空には暫くの間光が届きます。

その光の色が昼間と異なる赤や橙の鮮やかな色に見るのは、光の角度、大気を通過する間に

あるチリ、水蒸気、距離などに関係し、その状態によって通過できる色(波長)が異なります。

大気はその状態によって光の色を遮断したり、通過させたりするフィルターの役目をしているワケです。

◇ ←UV紫外線       光   の   ス   ペ   ク   ト   ル        IR赤外線→  2018 06 
光のスペクトル 可視光 下限 上限

216
☆IMGP4216

太陽の光の内、人が認識できる(可視光)は波長の長い方から赤、橙、黄、緑、青、紫と
(実際には色間がクッキリと分かれているワケではありません)
並びますが、長い大気層を通過するのは波長の長い部分の赤や橙の光です。
(猿の戯言ですからあまり当てになりません)

023 怪しく且つ拙い絵をご覧ください。
☆img023

黄昏の川沿い 刻一刻と模様が移り変わっていく西の空を見上げています。

217
☆IMGP4217

所用で出掛けた入間市からの帰り道
仏子駅の近くから見た空はピンク色をした珍しい色だったため
195号線(東京都道・埼玉県道195号富岡入間線)の阿須グラウンドから眺めてみました。

215
☆IMGP4215

021 エコツアー(飯能市エコツーリズ)のお知らせ

☆img019

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Posted on 21:55 [edit]

category: 自然

廃寺(宝性寺)跡~リュウガイ城跡_探索/奥武蔵-1 宝性寺跡 2019-02-02  

廃寺(宝性寺)跡・リュウガイ城跡_探索/奥武蔵-1 宝性寺跡 2019-02-02

◇飯能戦争 (戊辰戦争_飯能版)

☆飯能戦争 飯能文庫a

今回精鋭部隊を編成し、名栗川の上流域にある廃寺(宝性寺)とリュウガイ城跡を探索してきました。

先ずは廃寺跡から探索ですが

その前に・・・なぜ廃寺・宝性寺(ほうしょうじ)の跡に行くのか ? です。

飯能の歴史に飯能戦争で焼けた智観寺本堂が宝性寺(廃寺)の材料を使って再建したと記されてます。
歴史を研究されている方からその智観寺の本堂になった宝性寺の跡を探索したいとのリクエストがあり、
当方がこの辺をフラフラさまよっているために道案内係となったわけです。

簡単に言うと智観寺の本堂は何処から来たのですか~ って云うことですね。

405 智観寺 飯能戦争被弾の跡が残っている山門
☆IMGP1405

406 智観寺 山門に残る飯能戦争時の被弾痕
☆IMGP1406

◇ 既に150年程も前のことになります。
飯能戦争で振武軍の陣となった智観寺(能仁寺、広渡寺など)は官軍の攻撃兵火に遭って焼失し、
その後、本堂は明治9年(1876年)唐竹村・宝性寺の本堂を購入して再建したのです。
・飯能戦争とは戊辰戦争の飯能版、時は1868年(慶応4年5月)
 ご興味ある方は[飯能戦争]や[智観寺]を検索してください。 

412 智観寺本堂
☆IMGP1412

飯能戦争と宝性寺が廃寺になった直接の関係はありません。
宝性寺が廃寺になったのは江戸時代から明治にかけての神仏分離の政策が廃仏毀釈(きしゃく)への運動に
繋がったためだと思われます。

郷土の歴史に興味のある方には面白そうなことなのですが、私のような浅い知識ではここに記すのは難しく、
取り敢えずは藪をかき分けて廃寺跡の探索に行くだけなのですよ。

016 宝性寺・江戸時代後期の唐竹村(飯能市)
☆img016

それで実際には飯能駅北口から名栗方面行のバスに約30分乗り
名栗川上流・左岸の・・・唐竹橋・バス停で下車しのです。
  先ず
① 右岸の廃寺(宝性寺・ほうしょうじ)を探索して
その後
② リュウガイ城を攻める
精鋭6名(老隊でんがな)で果敢に奥武蔵の山中に攻め入ったのでありますがな。


~~~ そんじゃあ 廃寺あとへ ~~~

100 水明橋(唐竹橋)を渡って右岸の廃寺(宝性寺)跡へ
☆IMGP0100a
(橋の長さ:43.8m  有効幅員:4.3m  完成:1963年(S38)・・・ぶらっと遡上探索さんの記録から)

ここが少しヤヤッコシイのです。
水明橋(唐竹橋)って面倒な表記をしているのは、
バス停は唐竹橋なのですが、あら不思議ですね~目前の橋は・・・唐竹橋ではなく水明橋なのですよ。
水明は「山紫水明」、意図は「山は日に映えて紫色に見え、川の水は澄んで清らかであること」です。

唐竹橋から水明橋に変ったのは既に50年以上も前のこと、
その当時の成り行き話も諸々あるのですが、とても長くなるのでここでは省略します。

488L 親柱には名栗川と記されています。
☆IMGP2488La

昭和39年の新河川法以前に表記されたものです。
現在は原則、一水系一河川名で入間川に統一されているのですが、
特例の別名として名栗川とも言われています。

488R 水明橋
☆IMGP2488Ra

094 水明橋の上流側に唐竹橋の「橋脚の跡」が残っています。
☆IMGP0094

バス停・唐竹橋の由来 と思われる。
覗く時は気をつけて下さい・・・万が一、寒中水泳になってしまっても自己責任。

096 水明橋の上流側
☆IMGP0096

~ さて 橋を渡り 廃寺(宝性寺・ほうしょうじ)に踏み込みます ~

016A 江戸時代にこの寺があったと言われている所に
☆img016A

105 その廃寺跡はこの道の行き止まりの山に
☆IMGP0105

689 藪をかき分けてこの奥に入って行くのですが
☆IMGP3689
ご覧のようなところに入って行くのですが、当然道は無く、目の前の木々雑草に擦ったり当ったりしながら進みます。
私のような山猿にはどうってことないですが、街の中から来て戴いた方は躊躇しますわね。

102 発見・・・石標 私には何なのか分かりません・・・
☆IMGP0102

673 熱心に記録されています。
☆IMGP3673

歴史を学ばれている方の分野ですから何か解明できたら教えて下さいね。

674 石垣を発見!
☆IMGP3674

675 石像!
☆IMGP3675

681
☆IMGP3681

684 山側には石垣が組んであり
☆IMGP3684

藪と樹木で寺跡の全体感が分からないのですが
いや、それ以上に私には寺とか仏教の知識に乏しくなんとなく寺の跡の
ような香りがしないでも ないない。

685 ここが平らな所なので、この辺に有ったのではないかな
☆IMGP3685

石標、石像、石垣などが残されている状況から
150年(正確な時代は分かりませんが)以上も前にここに
宝性寺はここに在った・・・当部隊は勝手に断定してあっさりと引き上げます。
(地元の人から井戸が残っていると聴いたこともあります)
歴史担当の方からの解析報告を待ちたいと思います。

687 藪から脱出
☆IMGP3687
さて廃寺探索の後、当部隊がいまだに未踏の難攻不落(大袈裟)「リュウガイ城跡」に向かいます。

* * * 廃寺(宝性寺)跡・リュウガイ城跡_探索/奥武蔵-2へ続きます * * *


震災を忘れない 飯能にできること [震災復興元気市実行委員会事務局]
☆IMGP4284
宮古/釜石/大船渡/気仙沼/三陸/塩釜/名取・閖上(ゆりあげ)
相馬/南相馬・鹿島/大熊/いわき/栃尾/高萩/王滝/熊本 ほか
会場:飯能-中央公園/市民会館/小町公園


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Posted on 14:41 [edit]

category: 飯能周辺

赤水門‐青水門(北区・岩渕)再訪-2 台風の水位記録、赤水門、オブジェ  2018-12-29  

赤水門‐青水門(北区・岩渕)再訪-2 台風の水位記録、赤水門、オブジェ  2018-12-29

893 「月を射る」青野 正 氏
☆IMGP2893

(以前、くろすけ氏からご教示頂いたオブジェ)

既に昨年のこと、前回からの続きです。
前回は ⇒
赤水門‐青水門(北区・岩渕)再訪-1 新河岸川~荒川 2018-12-29

JR赤羽駅で下車し、一番街を経由して新河岸川と荒川に架かる新荒川大橋を渡り中州状の堤を赤水門の方に進みます。
堤の左手は荒川、右手には新河岸川が隅田川に変っていきます。

◇ 地図
地図 北区岩渕水門

860 荒川の右岸
☆IMGP2860

863
☆IMGP2863

866 下りながら川上を振り返る。新荒川大橋が川口市へ延びています。
☆IMGP2866

869 寒さに負けずに頑張っていますね。
☆IMGP2869

870 右岸に赤水門が見えてきました。左岸の中州も良い感じです。
☆IMGP2870

871 赤水門に・・・
☆IMGP2871

Webによると
赤水門は荒ぶる川と言われた荒川の氾濫を抑えるため大正時代に建設されたとあります。
この水門の完成により、洪水時に荒川から隅田川に流入する水量の制限が出来るようになり、
下流域の被害を防いでいたのです。
現在はその役目を終えて下流側の青水門が引き継いでいます。

872 台風などによる出水時の記録
☆IMGP2872

873 カスリーン台風時の水位8.6mが記録されています。
☆IMGP2873

カスリーン(キャサリン)台風は昭和22年(1947年)9月に発生し、関東から東北地方に大きな被害を与えました。
13~15日にかけて南方から日本列島に近付き、紀伊半島の手前を東に曲がり東海の沿岸から伊豆半島、房総半島を
掠めるように進み、上陸せずに16日には東の海上に抜けたようです。
カスリーン台風が発生したのは私が生まれる前のことですが、現在でも台風シーズンになるとテレビ等でその記録が
放映されることがあります。

関東平野の西端に位置する飯能市でもカスリーン台風の爪跡が残されています。
当時を物語る資料には浸水や橋、家屋の流失など、被害の様子が記されています。
私が子供の頃にも「ここに残っている橋台はカスリーン台風で流失した橋の跡だ」と聴いたことがあります。

874a
☆IMGP2874a

昭和22年(1947年)の台風9号でしたが、当時の日本は連合軍の占領下にあったために台風に
女性(カスリーン)の名前が付けられています。
ここで少しヤヤッコシイ話ですが、米国式にA,B,C・・・と順に女性の名前を付けていくと
「K」 の Kathleen(カスリーン)ねえさんは11番目になり、日本式の台風9号とは合わないですね。
どうしてかと言うと日本が熱帯低気圧とした5個が米式では台風に含まれ、なお且つ日本が台風としたものを米軍が
台風としなかったものが3個あるのです。
私にとっては極めて難解な計算でが
+9個:日本9号
+5個:日本は低気圧としたが米軍が おねえさん の名前を付けてしまった
-3個:日本が台風としたが米軍が台風としなかった
1947年、この年のカスリーンまでです。
これでご指名カスリーンさんは 9+5-3=11番目に決定したのです。

877 遠方に新荒川大橋が見えています。右の柱は出水時の水位ランキングです。
☆IMGP2877

881A 旧岩渕水門(赤水門)のあらまし
☆IMGP2881A (1)

881A
☆IMGP2881A (2)

882 重厚な導入路を赤水門(旧水門)へと進んでみます。
☆IMGP2882

884 赤水門・・・知浪途的にはまだまだ
充分に使えそうな気がしますが・・・
☆IMGP2884

886
☆IMGP2886

887 上流側、実に堅固に造られています。これが洪水時に役立ったワケですね。
☆IMGP2887

888
☆IMGP2888

889 改修の銘板・・・竣工時の銘板は何処にあるのだろう・・・
☆IMGP2889

890 水面があり、大きな橋の背景には藍色の奥武蔵の山塊・・・私の好みの風景ですね。
☆IMGP2890

左手に赤水門を見ながら進むと小さな島状の「荒川赤水門緑地」に入ります。
ここにトップ画像の「月を射る」オブジェが設置されています。

893A 荒川リバーアートコンテスト特賞
☆IMGP2893A

894
☆IMGP2894

この作者の意図するものは何なのか、素晴らしいと思いつつも・・・
何と云ってよいか、奥武蔵の山猿の思考を遥かに超えているので表現するのが難しいことだけは確かです。

2018年12月・・・北区-岩渕
北西の遠方に奥武蔵の山が連なり、眼前には荒ぶる川・荒川がユッタリと流れています。
大都会の一角に大きな風景が広がるとともに、隅田川が始まる所としても興味深い所、そんな岩渕をさまよっています。

* 折に触れてお伝えしていますが、「このブログの即時はマッタク有りません・・・時季外れが頻繁に生じます」って
後付けの念押し・・・悪しからず。

赤水門‐青水門(北区・岩渕)再訪-3につづく(予定)


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Posted on 23:56 [edit]

category: 名栗川 入間川 その他の河川 湖沼 

入間川_冬景色をさまよう-2 黄昏 2019-01-20  

入間川_冬景色をさまよう-2 黄昏 2019-01-20

461 入間川_流れ橋の上流
☆IMGP3461

前回の続き・・・

前回は⇒
入間川_冬景色をさまよう-1 流れ橋 2019-01-20

入間川_冬景色をさまよう-1 流れ橋 2019-01-20

457 流れ橋・激流の爪痕
☆IMGP3457

458 阿須の 流れ橋 から入間川の上流側を見ています。
☆IMGP3458

1月20日・・・黄昏迫る入間川をさまよっています。
今の時季、降雨の少ない入間川
水が瀬を静かに下る心地よい風景が広がっています。

463 橋梁に水鏡・・・
☆IMGP3463

葉を落とした樹木が綺麗に川面に映り
陽が奥武蔵の山に向かって静かに沈んでいきます

風は無く、凪(↓)のような状態で寒さは感じません。

◇凪(なぎ): 海と陸の温度差に均衡が出来て空気の移動が止んだ状態を云うのですが、
このような内陸での無風状態を凪と云ってよいかどうか疑問です。

しかし「凪」と云う字を見ると「風」の中に「止」に字があるので
風が止まっている状態・・・と、拡大解釈すれば「凪」、イイカゲンなこのブログですからイインデないかい。

467
☆IMGP3467

469 八高線の「上り」が入間川橋梁を渡って行きます。
☆IMGP3469

471 電車の背には武甲山
☆IMGP3471

474 
☆IMGP3474

477 
☆IMGP3477
左から
川苔山(奥多摩町)~日向沢峰(ひなたざわのうら・飯能市・奥多摩町)右の△が蕎麦粒山(奥多摩町・秩父市)

日向沢峰(1356m)は飯能市最高峰と言われていますが、こちら側(東)が僅かに飯能で向こう側(西)は奥多摩です。

486 再び橋梁に列車が通り・・・慌ててシャッターを押します。
☆IMGP3486

背景は左に御嶽八幡神社~多峯主山

そうそう、多峯主山~御嶽八幡神社と云えば
その世界で有名な ⇒
タマチャリンさん多峯主山~御嶽八幡神社

~ ~ ~

478
☆IMGP3478

何気なく空を見上げると
既に月が出ています。
明日、1月21日はスーパームーン・・・

483
☆IMGP3483

488
☆IMGP3488

496
☆IMGP3496

492
☆IMGP3492


☆~☆~☆~☆

前回、ここ阿須グラウンド沿い・入間川の工事について
何人もの方々から聴かれたのですが
その辺をフラフラさまよっているだけの私には工事のことは全く分かりません。

495
☆IMGP3495

そこで 飯能県土整備事務所殿にお尋ねを致しました。
不躾な問いにも拘わらず、早々に丁寧な回答を戴き、Webにも掲載していただきましたのでここに紹介します。
 
*** 以下、飯能県土整備事務所殿 から ***
「お問合せの件につきましては、飯能県土整備事務所のホームページの新着情報に
掲載させていただきました。(一級河川入間川における護岸工事について)

⇒ 能県土整備事務所

一級河川入間川/飯能市岩沢外において、護岸工事 

・工事名:河川改修(水辺)工事(入間川外根継工)

・工事の内容・目的:破損した護岸の復旧、根固めブロック設置、掘削押土です。
右岸側(阿須運動公園側)の破損した護岸を復旧し、その前面に根固めブロックを設置します。
これにより、再度護岸が破損するのを防止します。
また、左岸側(岩沢運動公園側)に堆積した土砂を右岸側に寄せて、水の流れを河川の中心に
戻します。これにより川の流れを速やかに流下させることができ、洪水被害の軽減を図ります。

・工事区間:流れ橋の下流約40mの地点から、下流へ延長390mの区間です。

・工事期間:平成30年10月31日から平成31年3月22日まで

・樹木伐採など:堆積した土砂に繁茂した樹木や、護岸復旧に最小限必要な範囲の樹木を伐採しますが、
それ以外に樹木伐採は行いません。

*** ここまで ***

飯能県土整備事務所 ご担当者 様 ありがとうございました。

☆~☆~☆~☆

493 
☆IMGP3493

さて、暫し 綺麗な月に見惚れていると・・・時刻は17時

防災無線で呼び出される前に本日の徘徊は終了とします。

☆ お知らせ ☆
飯能市エコツアーガイド養成講座
☆img012
☆img013
(崖登りや藪漕ぎはありません・・・念のために)

飯能 ひな飾り展
☆img014
☆img015
☆img015b

入間川_冬景色をさまよう-3 へ続く(予定)


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Posted on 23:59 [edit]

category: 名栗川 入間川 その他の河川 湖沼 

場繋ぎ 富士山 定位置から-2雪の朝 2019-02-01  

場繋ぎ 富士山 定位置から-2雪の朝 2019-02-01

476 西武池袋沿線から南西の方角に富士山を見ています。 
☆DSCN5476

2019-02-01 8時30分

既に4,5日が経ってしまいましたが、テレビなどで既報の通り
1月31日の夜半から2月1日の未明にかけて、雨から雪に変った
ところがあるようです。

466 西武池袋の少し手前から南西の方角に富士山が見えます。
☆DSCN5466

463 富士山から左(南西)に丹沢山塊が延びて相模湾に向かっています。
☆DSCN5463

西武沿線から丹沢山塊を見ると
山塊が薄っすらと雪化粧をしていますね・・・2月1日の朝8:30です。

富士山の手前には大室山が、そして左(南に向かって)丹沢山系が
連なり蛭ヶ岳、丹沢山、塔ヶ岳そして相模湾に向かった一番近くに
大山が控えます。

473 富士山の手前に大室山
☆DSCN5473

474
☆DSCN5474

南西から南に向かうと南西端に大山があります。

475 
☆DSCN5475

大山って言えば入間川・阿須グラウンドの
上流側、「阿岩橋」の左岸に「大山街道」を記した説明板があります。
昔はこの辺からも歩いて大山(信仰)に行った人がいるのでしょう。

~~~

468 奥武蔵アルプス・大持山、小持山~武甲山
☆DSCN5468

ビルの谷間・・・西北西の方向に目を移すと遠方に
「奥武蔵アルプス」が見ます。
こちらも雪・・・薄く白粉を塗(まぶし)ているようです。

469
☆DSCN5469

~~~

482 定位置、いつもの富士山
☆DSCN5482


前回の定点観測 ⇒
場繋ぎ 富士山とクレーン 定点観測-1 2019-01-DD

前回のクレーン、小学校の工事が終わり撤去されたようです。
クレーンが無くなってスッキリした感じと
富士山とクレーンの面白い関り合いが見られなくなり
ザン ネ~ンな感じもあります。
いや、ザンネンなことの方が大きいですね。

さて 
雪の朝の富士山があれば

当たり前ですが 
夕景の富士山もありますね。

486
☆DSCN5486

485
☆DSCN5485

484
☆DSCN5484

当日の富士山・・・夕刻 2019-02-05 17時30分

~~~

残念ながらなのか、幸いなのか私の生活圏では積雪0cmでした。
少しでも積雪があれば隣近所の方々と慣れない雪カキをして、世迷言や
久し振りの雪談儀に花が咲いたかも知れません。

まあ、雪に弱い関東の交通機関側からみれば万全の体制で警戒をし、
肩透かしを食らったが、それで良し・・・そんな感じでしょうか。

~~~

488
☆DSCN5488

491
☆DSCN5491

こちらは周が明けて2月4日・・・
丹沢山塊は早々に雪化粧を落し、既に春を待っているようです。

◇ Webのメディアの特徴のひとつに即時性があると云われます。
どう云うワケか「好日奥武蔵」に限ってはご覧のように即時性は
マッタクありません。テレビなどで関東一円、広い範囲で積雪があると
 報道されて・・・既に5日も経ってしまいました。
 
何を今更・・・「気の抜けたビールのような」ことをなんって思われ
 ながらやっとアップしております。


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Posted on 23:42 [edit]

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