好日奥武蔵

実践記 ウォーキング、トレッキング ノ ススメ...稚拙な好奇心...時折下手な工作

名栗川 冬景色を歩く-2 昭和の川沿い  

名栗川 冬景色を歩く-2 昭和の川沿い
               2016/02/11
▽861 ノスタリジー 名栗川左岸 (飯能市大字飯能)
☆IMGP2861

写真は本郷浄水場に関わる建物で昭和の頃のものだと思われます。
場所は飯能河原から左岸を川上に向かい、岩根橋の少し先の川沿いにあります。

◇前回に続き名栗川左岸の道を飯能河原から溯ってみます。
飯能河原の左岸の道はだいぶ古く、飯能の資料によれば江戸時代からあり、
明治時代からは新設されたり改修されたりしたようです。

前回は⇒
 名栗川 冬景色を歩く-1

飯能河原2014年1月⇒ 飯能河原2014年1月


▽805 
☆IMGP2805

▽806
☆IMGP2806

▽808 両岸の建物を見ると
☆IMGP2808
昭和の時代の中を歩いているような気持ちになります。
夏の川遊びは勿論のこと、昭和の中ごろまでの冬場には堰の上側(ボート場)に天然のスケート場がありました。
今とは気温も水量も相当違っていたと思われます。

▽810
☆IMGP2810

▽811 昔はこの通りが原市場、名栗方面への
☆IMGP2811
主要路であったようです。古き時代の雰囲気がだいぶ残っています。
この辺一帯は1700年台から始まったとされる「筏」による材木運搬のための中継地で、
筏師の休憩や宿泊の地としての賑わったようです。

▽812
☆IMGP2812

▽814 左岸の建物から窓越しに見る「名栗川亭」もこの地域の昭和でしょうか。
☆IMGP2814

▽815
☆IMGP2815

▽816
☆IMGP2816

▽818
☆IMGP2818

▽820 「岩根橋」
☆IMGP2820

▽821 岩根橋から上流を望むと微かに「龍崖山」が見えます。
☆IMGP2821

▽823 岩根橋の直ぐ川上、左岸に脚長の小屋があります。
☆IMGP2823
川の流量?水位?計測でもするのでしょうか?

▽827
☆IMGP2827
岩根橋からの左岸の道は川縁に下って行きます。
ついでですから河原に入ってみます。

▽831 川下を見ると青い桁の岩根橋が見えます。
☆IMGP2831

▽833
☆IMGP2833

▽834 左岸の川沿いを更に進むと堰と魚道のようなものがありました。
☆IMGP2834

▽845 堰の少し先、だいぶ古い建物が見えます。
☆IMGP2845
本郷浄水場内にある前時代的な建物です。
永らく風雪にさらされたことを語るように、鉄部には錆び、壁には退色や滲みがみられます。

いつ頃に建てられたものなのでしょう。
現在使われているとは思えませんが、よく残されているものだと思います。

▽846
☆IMGP2846

▽847
☆IMGP2847

▽852 
☆IMGP2852

▽853 河原からこの階段の脇を通って進めそうですので行ってみます。
☆IMGP2853

▽856
☆IMGP2856

▽857
☆IMGP2857

▽858 正面の道から見ると、窓の上部が半円になっていて
☆IMGP2858

洋風建築が流行った良き時代のもののようです。
ここ迄残してあるのであれば、あと50年でも100年でも永きに亘り保全してもらいたいですね。

▽859
☆IMGP2859

▽874 帰りがけの飯能河原(中央地区行政センターから)
☆IMGP2874

◇飯能河原の川沿いの道は今も昭和の雰囲気が漂っているところです。
西川材の運搬が筏の時代から鉄道やトラック輸送に代わり、川沿いの道の北側に

大型車両が通れる道ができてから主要路としての役目は終わりました。
しかし川沿いの道はほぼ昔のままの位置取りで、
今も昭和レトロの面影を残しながら多くの川遊びの人々に利用されています。

◇子供の頃聴いた今は亡き祖母からの話です。
4代から5代前の祖先は筏に乗り材木を千住まで運んでいたようです。

季節の水量などによって4、5日かけて千住に着き、荷を問屋に渡して帰りは
2日ほどかけて歩いて帰って来たとのこと。

今、その子孫の私は「稚拙な好奇心」から筏の流路を辿っています。
フラフラと何日もかけて、いつ千住に着くかも分からず・・・


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Posted on 21:07 [edit]

category: 名栗川 入間川 その他の河川 湖沼 

コメント

この建物は気になりますね。
建物脇の水道管のような銀色のパイプは新しそうですし、
建物のガラスも割れていない所を見ると完全に管理下にありそうですね。
出来れば中を覗いてみたいですが
廃墟のような雰囲気が近づき難い風格を醸しだしてますね。
名栗川、、凄いです!

URL | タマチャリン #-
2016/02/20 23:01 | edit

山人さん、おはようございます!

まさに、昭和の風景ですね。何だか、ジブリのアニメの中に出てきたんじゃないか
という気さえします。

ところで、あの川沿いの道がメイン道路とは知りませんでした。観音寺の横を通っ
ている道は、後からできたというわけなんですね。どうせなら、もう少し広い道に
してもらったら良かったですね。(笑)

URL | コンタロー #wYX2LGZA
2016/02/21 07:30 | edit

浄水場

おはようございます

トップの写真で、このような公共建設物にはとくには必要はないと思われますが、アーチ窓風の造りなどはこの時の建築設計者のおしゃれな遊び心ですね。
飯能に観光で訪れた人も地元のほとんど人も見過ごすような所でしょうから、いつの間にか取り壊されたり、建て替えられたりした後年には貴重な記録写真になりますね。

URL | ふさじろう #-
2016/02/21 09:46 | edit

Re: タイトルなし

タマチャリンさん

河原を歩いていてこの古い建物に出会いました。
そう言えばステンレスのようなパイプは新しい感じがします。
金属性フェンスに囲まれていますので
近づくことはできないのですが、永年の風雪に耐えてきた
色合いから風格を感じますね。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/21 17:17 | edit

Re: タイトルなし

コンタローさん
そうです。昭和の初期でしょうか?
但しその頃の飯能の水道設備はどうだったのか分からないのですが、
設備があったとすればほんとに初期のものでしょうね。

河原町(今の町名?)の川沿いの道は荷車の時代にはあったようで、
名栗から荷を運んできて中央行政センター
(以前の図書館)のところに上がる坂が大変だったようです。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/21 17:20 | edit

Re: 浄水場

ふさじろうさん
昔はこのような辺鄙なところの建物にも遊び心を
加えるだけの余裕があったのでしょうか。
羨ましい時代でしたね。
ここは河原でも歩かないと分からないところですから
今となっては知らない人が多いと思います。
良く朽ちずにたっていると思います。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/21 17:23 | edit

こんにちは。
皆さんもおっしゃっていますが、まさに昭和が満載ですね。
ただ朽ち果てて行かせるのはもったいないですね。
飯能市の観光資源として、安全対策をして宣伝すればと思ってしまいます。
「原市場」懐かしい響きです。
こちらに引越してきた当時は、名栗の道路も細くて通り難く、原市場まで戻ってくるとホッとしたことを覚えています。

URL | りょう #-
2016/02/22 09:43 | edit

おはようございます^^

サイト上で昭和6~7年との情報がありました・・・。
以前、似たような趣のある建物を見た気がして思い出すと
東京・三鷹の国立天文台の敷地にある、古い建物群。
昭和5年の建物が国の登録有形文化財に指定されています
http://www.nao.ac.jp/access/mitaka/facilities/old-library.html

それと、旧信越線の碓氷峠にあった熊の平駅。
そこに設置されてた熊の平変電所の建物が廃墟のように
なっていますが、残っています
http://blog-imgs-59.fc2.com/i/t/o/itokurisou/130921105631a2.jpg

同時代の建物が文化財としての価値を見いだしているよう
ですし、いずれ、指定されるのかもしれませんね^^

URL | くろすけ #Ix6Hncxw
2016/02/22 09:57 | edit

りょうちゃん
 こんにちは
意外と飯能って古い時代からあったようですね。
川沿いだけでなく、街の中にも昭和の初期を思わせる
建物が残っていますよ。

原市場をご存知とは驚きです!
さすがにお若いときから行動力をお持ちだったのですね。
あの道はだいぶ永いあいだ砂利道で
バスが通るたびに砂埃が舞い上がっていたのを
覚えています。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/22 12:45 | edit

くろすけさん
こんにちは
 さすがに良くお調べになりました。
逆算すると・・・約80年も経つのですね。

永年を川のそばで風雪に耐えてきたその
染み具合、昔の造りがとても良いです。
まだまだ永くあってほしいです。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/22 12:50 | edit

859

いいですねえ。
こういうの大好きなんです。
電信柱とか、
あれ百葉箱ですか?
アーチのデザインも昔は洗練されたデザインだったんでしょうねえ。
心に浸みます。
建物にも感情があるんじゃないかと、
どうしても人生とか投影して見てしまうんですよ。

URL | おかはん #-
2016/02/23 09:45 | edit

こんにちは。

実際は違うのでしょうが、写真だけを見ると廃墟の町のように見えます。
昭和前期の建物に何となく侘びしさを感じました。

URL | S-masa #-
2016/02/23 11:40 | edit

おかはんさん こんにちは
名栗川の河原を歩いておりましたら左岸に偶然、ありました。
初めて観たときには「アット!!」と驚きました。

建物は使用されているとは思えないのですが
右のパイプが3本やけに綺麗です。
百葉箱らしいですね。不安定に足が傾いている感じが愛嬌あります。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/23 12:33 | edit

Re: こんにちは。

S-masaさん こんにちは
意外と昔からある街です。
特にこの川岸の通りは古いらしいですよ。
1700年代から筏で江戸に材木などを運んでいた
中継地点の役目もありその時代の通りも
あるらしいです。

廃墟のような建物を見ると仰せのように
侘しさと何か懐かしいような気持ちになりますね。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/23 12:42 | edit

うわぁ~!素敵!味がある建物ですね!
上が半月になっていて洋館の雰囲気もあって・・・
写真撮りたいなぁ~と思いますね。
映画に出てきそうな素敵な建物なので、
是非、是非、残しておいて欲しいです♪
貴重なお写真と情報、ありがとうございます!
いつか、見てみたいと思います(*^_^*)


URL | yamatoumi #-
2016/02/24 20:18 | edit

Re: タイトルなし

yamatoumiさん
名栗川、岩根橋先の左岸にありました。
だいぶ古そうで約八十余年くらい経っているらしいです。

戦争中からある前時代的なものですから
100年でも200年でもこのまま
あってほしいですね。

URL | 奥武蔵の山人 #-
2016/02/25 01:31 | edit

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