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好日奥武蔵 (奥武蔵の山人)

実践記 ウォーキング、トレッキング ノ ススメ...稚拙な好奇心...時折下手な工作

廃寺(宝性寺)跡・リュウガイ城跡_探訪/奥武蔵-2 リュウガイ城跡 2019-02-02  

廃寺(宝性寺)跡・リュウガイ城跡_探訪/奥武蔵-2 リュウガイ城跡 2019-02-02

737 リュウガイ城跡
☆IMGP3737

前回20名程の団体でリュウガイ城跡を目指したのですが、
諸般の事情により敢え無く途中で敗退となったのです。
そんでこんダよぉ精鋭で固めた部隊(実は老隊ですがな)で
リュウガイ城跡を探索してみようじゃんかと言うことになったんですわ。

前回は⇒
 廃寺(宝性寺)跡・リュウガイ城跡_探訪/奥武蔵-1 廃寺跡 2019-02-02

◇ 地図・リュウガイ城跡
☆リュウガイ城跡 地図img024

じつは再び行くことになった切掛けは、熱心な歴史家から廃寺を是非探索したいとの希望が有り、
それはそれで折角大都会から奥武蔵の山中に行くのにそれだけでは少々物足りない・・・
そんなことで、ついでに前回辿り着けなかったリュウガイ城跡にも寄ろうと云うことになったんですわ。

700 目指すは前方の山の奥の方ですね。
☆IMGP3700

そういうことで実際には-1では名栗川上流・左岸・・・唐竹橋バス停で下車し
右岸の①「廃寺探索(宝性寺・ほうしょうじ)」を終え、これから②リュウガイ城跡に攻め込むワケですわ。

696 名栗川左岸を「中ノ坂」に向かう
☆IMGP3696

隊は再び水明橋を渡り、名栗川の左岸と妻沢川の右岸の間にある「中ノ坂(峠)」に向かいます。

698 リュウガイ城跡への案内表示がありました(原市場まちづくり推進委員会)
☆IMGP3698

この辺、昔は日影村と云いました。後に赤沢村になり、1889年には原市場周辺の村が合併し原市場村になりました。
更に1956年には吾野村、東吾野村とともに飯能市に編入し、現在は飯能市>原市場>赤沢>日影となっています。

702
☆IMGP3702

時は2019年2月2日、それはナント道無き道を歩くでもなく、寒風の吹き荒れる過酷な山歩きでもない、
まあ多少のアップダウンは有ったものの老隊でも何とかなった行程でした。

実際には飯能駅北口から名栗方面行のバスに30分程乗り
名栗川上流・左岸の・・・バス停・唐竹橋で下車します。
  先ず
①右岸の廃寺探索(宝性寺・ほうしょうじ)して
その後
②リュウガイ城を攻めるの 
予定で精鋭6名(老隊でんがな)が果敢に奥武蔵の山中に
攻め入ったのでありますがな。

703 「中ノ坂」の切通し
☆IMGP3703

いつ造られたのか分かりませんが、100年とか150年前でしょうか・・・
厚く堅固な岩の壁を人力で抜いたのでしょう。大変な開鑿(かいさく)作業であったと思われます。
当時はこれが開通したお陰で赤沢村(名栗川)と原市場村(妻沢川)との行き来がとてもし易くなったと思われます。

リュウガイ城跡へはここを越えて、下るとすぐに左手に上る道への指道標があり、分かり易く導いてくれます。

706 最初の急登を詰めれば目印の鉄塔にでました。
☆IMGP3706

708 更に急登は続きますが、今回は流石に精鋭の老隊ですから全く問題ありません・・・
☆IMGP3708

710 モチロン急登ばかりではありません。
☆IMGP3710

適度な傾斜で老隊にはとても優しい快適な道もあります。

711 でも~ 直ぐにまた息切れしそうな急登です。
☆IMGP3711

715 何のアンテナでしょうか? 
☆IMGP3715

遠方の山に鉄塔が見えます。南高麗の細田地区ですね。

717 ?朝日山・・・詳細地図では朝見山とありましたが・・・
☆IMGP3717

719朝見山(朝日山)を更に進むと急な下りに入り、更に登り返しが待っています。
☆IMGP3719

721 いい加減に疲れてきたところで、指道標に励まされます。
☆IMGP3721

「原市場地区まちづくり推進委員会」の皆様ありがとうございます。

725
☆IMGP3725

726 また急登です。これが最後の登りであればよいのですが・・・
☆IMGP3726

731 それが、最後ではなく急登はまだまだ続きます。
☆IMGP3731

それで、ここを登りきると

734 あっ!! 何か人工的な溝で、これが堀切り? 
☆IMGP3734

735 更に進むと ここのようですね!!
☆IMGP3735

736 龍谷山・リュウガイ城跡に到着
☆IMGP3736

740
☆IMGP3740

744
☆IMGP3744

746
☆IMGP3746

748 倒木の根がなんとも魅力的ですね。
☆IMGP3748

749 反対側の堀切りを見に行きます。
☆IMGP3749

751 だいぶ崩れて埋まっているようですが、人工的な溝は明確です。
☆IMGP3751

東西にある堀切り間は100m近くあるでしょうか?
いつの時代か分かりませんが、数百年も前のことでしょうか。
見張り用の山城と云われていますが、果たして誰が、どのような敵に対して
見張っていたのでしょう。
他の方がお調べになられた資料によると山城の跡として堀切り、主郭、土塁、などが残されているとのこと。

一行はここで昼食を摂った後、城跡を丹念に調査?して下山にかかります。
山頂に実際に誰が、どのような山城を築き、どのような任務を果たしていたのか、な~んて思いを
巡らせながら来た道を引き返します。

ご心配をおかけ致しましたが、奇跡的にも老隊全員無事に下山することが出来たことをお伝えしておきます。


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Posted on 21:01 [edit]

category: 飯能周辺

コメント

これまた危険がデンジャラスでとっても危ない道ですね~
これを難なく乗り越えていくとは流石日本屈指の精鋭部隊ですね~
で、、山頂の城跡は!!!
衝撃の狭さですね~~
昔の人はよくこんな場所に城を建てたもんだと感心しますよ~
ん~~でもこの狭さ良いですね~~面白いですよ~

私も前に二条城という2畳城の間違いじゃないか??と言う城跡に行きましたけど、、
ま、あまりの狭さに30秒で退散しちゃいました!!!

URL | タマチャリン #-
2019/03/05 22:03 | edit

Re: タイトルなし

タマチャリンさん
こんばんは~
やっぱり「日本屈指の林道王タマチャリン」さんから見ても
今回は精鋭の部隊だって云うことが分かりますでしょう。
龍谷山3820m!!に難なく一時間と少しで登頂しましたからね~
??・・・一桁間違えたですか382mでしたが・・・
山頂の広さは思った程でもなかったですね東西最大限で100m位のものでしたわ。
エッ!二条城は2畳でしたか!それは大発見でしたね。





URL | 奥武蔵の山人 (好日奥武蔵) #-
2019/03/05 23:28 | edit

ご苦労様でした

今晩は山人さん
道無き道を猛進する、探検隊?の皆様、無事に生還され拍手です、パチパチパチパチ...
山歩きを知らない自分が行ったら、即 迷子になってしまいますね(笑)。では、また...

URL | ぶらっと遡上探索 #-
2019/03/06 20:50 | edit

こんばんは

他の人の手助けがあったとしてもやりましたね。
八王子や小田原などにも小さな城跡や砦跡があります。
ほとんど北条氏の関係ですね。
堀の形など残っているところも多いです。
ほとんど地元のボランテイアで案内標識や説明板が建てられています。
私が知っているのはほとんど楽に行けるところばかりです。
切通など見つけるとうれしいでしょうね。

URL | 西やん #-
2019/03/06 20:52 | edit

Re: ご苦労様でした

ぶらっと遡上探索さん
こんばんは~
お陰様で 悪路 難路 急路を突破して無事生還です(笑)
(実際はたいしたこと無い道でしたが)

幼少の頃から親と山に入って
スギ、ヒノキを植えたり、伐採を見て育ちましたので
今風の登山とは違うのですが、こういう山は何とかなります(笑)

URL | 奥武蔵の山人 (好日奥武蔵) #-
2019/03/06 22:03 | edit

Re: こんばんは

西やんさん
こんばんは~
ここは再チャレンジでしたので取り敢えず城跡迄行けて
良かったです(笑)
初回は大人数で、諸々あり途中で断念してしまいました。
堀切、本郭、腰郭・・・見る人がみれば分かるそうです。
この跡が何百年前でどんな者が詰めていたか想像するのも
面白いです。
八王子、小田原・・・武士の本場ですから
いろいろとあるのでしょうね。

URL | 奥武蔵の山人 (好日奥武蔵) #-
2019/03/06 22:23 | edit

コメントありがとうございます

今晩は山人さん
つくばエクスプレス中川橋梁は、2話前に通過してますよ(笑)。中川の川幅は武蔵野線の上流辺りまでは、元荒川、新方川、大落古利根川が流入しているので川幅がありますが、其の先は半分、其の半分と急に狭くなって行きます。次回、一般に通行が解放されている水管橋が登場しますよ。では、また...

URL | ぶらっと遡上探索 #-
2019/03/07 19:27 | edit

Re: コメントありがとうございます

ぶらっと遡上探索さん
こんばんは
中川はやっぱり複雑ですね~
それで意外と川幅が広いのですね。

順調のようで
桜が咲くころに権現堂堤を歩かれていればよいですね。

URL | 奥武蔵の山人 (好日奥武蔵) #-
2019/03/07 22:37 | edit

おはようございます^^

こちらを拝見した後、リュウガイ城跡について検索してみると
多くの方が記事にされているようですね
さらに、ここに至るまでが簡単で無い事も・・・。
唯一、妻沢運動場の先から入るのが多少、楽とか。

でも、そもそもこの城跡が築かれた理由が知りたいものです
難所に築いた状況を思い浮かべるのもロマンですね^^

URL | くろすけ #-
2019/03/08 09:53 | edit

Re: おはようございます^^

くろすけさん
こんばんは~
私も後からですが、検索してみましたら
仰せのとおりで、妻沢(川)側の登山口から入れば山頂までは短いです。
山頂の手前に妻沢(妻沢川)への分岐がありましたので、そのとおりですね。

それではナゼ名栗川の唐竹橋・日影側から登ったのかと言いますと
バス停の問題でした。
妻沢(川)側はバス停が原市場中学校の方まで行かないと無いのです。
名栗川沿いのバス停は登山口の近くに2ヶ所あるために唐竹・日影側から
登りました。
この地域は私もある程度は知っていたつもりでしたが
リュウガイ城跡あると云うことが分かったのは比較的最近でした。
(モチロン、私だけが知らないでいた可能性もありますが?)
此処が知れ渡るようになりつつありますので
誰が、何を目的でいつ頃など、調査謎解きがされるのを期待したいです。

URL | 奥武蔵の山人 (好日奥武蔵) #-
2019/03/08 19:19 | edit

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